ご丁寧にありがとうございました。

 まだ寒い時期のある日曜日の夕方でした。曜日などは特に当院には無関係なのでどうでも良いのですが、基本的に当院は医師一人で患者さんのお宅をまわります。普段の定期診察の患者さんだろうが、単発の発熱患者さんだろうが、医師一人です。一人でやりたくてやっているわけではないのですが、今のところは事務長と院長である医師の二人だけなので、診察は医師一人で行くのがいつものことです。
 話を戻します。日曜日の夕方に事務長から往診依頼が来たことを知らせるメールが届きました。いつも通りの発熱患者さんからの問診メールです。さっと目を通していたのですが、既往歴の欄にあまり聞きなれない病名が書いてありました。『解離性人格障害』と書いてありました。
 私は小児科・内科・リハビリ科・緩和・在宅医療とすすんできたので、『解離性人格障害』という病名に少し不安を覚えました。事務長にすかさず電話をしてみました。患者さんから直接電話を受けるのは事務長であるため、電話での患者さんの感じを尋ねてみました。
 彼が言うには、『Bさんは丁寧な言葉遣いをされている方でした。ただ、ご自分の状態を仰っているときに【~~らしい】という言葉を頻用されていました。つまり、これはご自分のことをご自分と認識していないことなのかもしれないと感じました』と言っていました。
 

 これを聞いて非常に悩みました。当院は、ほとんどの患者さんからの依頼は受けています。患者さんから電話で、内容からして往診を待っている場合ではないと判断したときや、非常に遠方の依頼はお断りしていましたが、それ以外はほとんどお受けしています。しかしそれでも、医師である自分にとって未知の病態である解離性人格障害を容易にはお受け出来ませんでした。せめて平日の日中ならば事務長と連れ立って往診に行ったのですが、日曜の夕方に一人でご自宅に診察に行く勇気が湧きませんでした。この為、事務長からBさんにお断りの電話をしてもらいました。
 

 しかし翌日になっても無性に心配だったので、Bさんに電話をしてみました。Bさんは電話では未だに体調がわるいと仰っておりましたが、『でも、大丈夫です』ともおっしゃっていました。このためBさんのかかりつけの精神科に電話して、Bさんを診察していただけないかと相談してみました。しかしその精神科の病院では、発熱患者は診察しないとのことでした。
 では『私たちが診察に仮に行くとしたら、患者さんからの暴力の危険はないのでしょうか?』と精神科医の方に尋ねました。しかし応対してくださった方は『個人情報なのでお伝え出来ません』と言っていました。
 
再度患者さんに電話したところ、ご近所の病院に親御さんと診察に行けることになったと教えて下さいました。
 私が『何もしてあげられなくてすみません』とお電話で謝ったところ、Bさんは『ご丁寧にありがとうございました。』とおっしゃっていました。
 本当に私はBさんを怖がる必要があったのだろかと悩みました。Bさんよりよほど危ない感じのお宅も沢山あったのに、どうしてBさんを怖がってしまったのだろうかと未だに悩んでいます。

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